2006年07月
2006年07月25日
スミノフアイスの不思議
最近、コンビニで、はまってるものの中で、スミノフアイスがあります。レモン味の方は無果汁でいただけないですが、果汁入りのグレープフルーツ味の方は、1本230円くらいしますが延々と飲み続けています(笑)というか家の冷蔵庫にいっぱい入ってます(笑)そして、イギリスに行くと、このスミノフアイスのレモン味の方が、どこのパプにもあって、スーパーに行くと大陳列してあって、日本で見たこともない大瓶までありました。……思わず買いそうになったけど、同じ味だろうからとやめました(爆)
スミノフって、ウオッカだから、ロシアのものだと思ってたら、いろいろ経緯があるみたいです。
私の飲んでるスミノフアイスはもともと、1999年にイギリスで発売されて、大ヒットし、世界70カ国で発売されてて、日本では2003年から発売開始しされ、今いつも飲んでるグレープフルーツ味のスミノフアイスドライは、日本オリジナル発売で、そういうわけで、7イレブンとかでなんとなく最近目についてきたわけというわけです(笑)どうりで、イギリスではスミノフアイスドライはなかったわけですね(笑)
そしてこのスミノフ自身は不思議な歴史があります。
以下スミノフ紹介サイトから抜粋させていただきます。
『100年以上前、モスクワのスミノフ・ファミリーの蒸留所で造られていた「フォーミュラ21」は完成度の高いウォッカで、スミノフはロシア最大のウォッカ製造会社として君臨していたそうです。しかし、1917年に勃発したロシア革命により、スミノフは資産・工場を全て没収されてしまいました。その後、革命から逃れたスミノフ一族のひとり、「ウラジミール」は努力の末、1928年にパリ近郊でスミノフ蒸留所を再建しましたが、ワイン王国でのウォッカ・ビジネスはうまく行かず、1933年、禁酒法の終わった年からアメリカでウォッカ製造を始めたそうです。「スミノフ」の名を一躍有名にしたのは、当時の新カクテル「モスコー・ミュール」の大人気のパワーでした。スミノフにジンジャービアーをミックスしただけのシンプルなカクテルですが、これを銅製のジョッキで飲む新趣向のドリンキング・スタイルが若い世代を中心に大いに支持されたのだそうです。そして「スミノフでミュールを作れ」というフレーズとともに、スミノフはアメリカをはじめ世界中のドリンカー達の間で不動のものとなっていったようです。』
なのだそうです。こんな美味しいウオッカ工場を滅ぼしてしまう、ロシア革命って、やっぱり、最低の革命ですね(笑)だいたい、マルクスの『共産党宣言』の序に、ロシアや中国などの産業革命が未熟な場所で革命はやるべきではないと書いてあるのに、そういうところに限って共産革命が行われている、みんなマルクスの著書そのものなんぞ読まず、解説書や入門書を読んで革命を実行しているところが世界史の不思議なところでもあります(笑)
余談はさておき、ロシアからフランス、アメリカと製造地を変えて大成功、そして何故1999年にイギリスからスミノフアイスが発売されたのかはよくわかりませんが、何か、スミノフってロシアの不幸を一気に背負った酒であることは確かです(笑)そして、それをコンビニで日本オリジナルのものを飲んでいる私。それがイギリスに行って、スミノフだらけで、どうしたことかい!!と感動している私。なんかわかったようなわからない話ですよねぇ(笑)
関空の売店でも売ってて、しかし普通瓶で350円してました。
しかし、いつになったら、スミノフアイスドライが飽きる日が来るのでしょうか(笑)
2006年07月21日
なので、GRIM'S DYKE HOTEL(笑)
なんともはや、世の中にこんな幻想的なホテルがあったのか、と溜息をつくほど、素晴らしいホテルでありました。冷蔵庫はなかったけど(笑)まぁ、オーセンティックなホテルとしては、そういうものはいらないのかもしれませんが、ホント、ヨーロッパらしいホテルに2泊しました。

ここは、シェークスピアの劇のコンポーザーであるギルバート&サリバンの持ち物だったらしいですが、それをそのまま買い取り、ホテルにしているとのこと。世界に一つしかない大きな大きな一枚岩の大理石の暖炉や何ともガーデンというか散策できる森は、ホント、ティンカーベルが出てくるかと思うほど、ヨーロッパの森でした。どこか六甲山の雰囲気を醸しているのですが、よく考えると、六甲山の開発って、ヨーロッパ人がやったのですよね。現地に住んでいる日本の方にその話をすると『そういわれれば確かに』と答えてはりましたので、ある意味あたってるのでしょう。


A Warm Welcome
As soon as you turn into GRIM'S DYKE you enter another world.
まぁ、そういうことなんですね。
3日目がHoliday innだったので、かなりの落差がありました(笑)
しかし、イギリスに行くと、JCBカードって何の役にもたたないんですね(笑)VISA MASTERの強さがよくわかります。JCBしか持っていない連れの分まで、VISAで払われされました(笑)
そして疑問に思ったことがあります。イギリスって車は日本と同じ左側通行なんです。
なので、左ハンドルのミニクーパーって、なんなの?
なので、イメージって、おそろしいなぁと…
なので、深く追求しないことにします(笑)
しかし、今プロデューサーは、ローバーからBMWに移ってるらしく…
なので、別にいいです(笑)
2006年07月19日
セントジェームズ公園の有料チェア
ロンドンというのは、北海道の樺太と同じ緯度で、夏場だと夜10時くらいまで明るく白夜なんですね。そりゃアル中も多いのはよくわかります(笑)いつまでも明るいんで、いつまでも飲んでられます(笑)ロンドン最後の夜、ぶらぶらと街を歩くのも疲れ、セントジェームズ公園に行ったのですが…ここは本当にいい公園で、レストランもあって(あまり食べ物は美味しくなかったけど)、芝生で寝転がろうとしたところ、デッキチェアがあったので、『さすがイギリス、日本と違ってこんなチェアを置いて、市民に憩えるようにしてるんだ』と思って、寝ていると、黒人の若い子が来て、『2時間、1.5ポンドいるんですけど…』ということで、払うハメになってしまいました(笑)レシートはちゃんとくれましたけど(笑)一転、『ぶったくりの国かぁ』とつくづく思いました。確かに、よく見ると、看板が立ててありましたが、旅行者には気づくわけもなく、同じように使っていた白人の旅行者風の女の子も渋々、本当に渋々1.5ポンド払っていました。その後、イタリア人の不良風のガキに、『煙草一本くれと言われ』一本持ってかれるは(イギリスは煙草1箱1000円するので貴重品なんでしょう・笑)また、そいつに『どっから、来たの?、from JAPAN、わおっ、ツーリストかい?』と馬鹿にされるわ、さらに、白人の女性が近寄ってきて、『ライター貸してくんない?』と火を持ってかれるわで、どんどんどんどん、イギリスのイメージは悪くなっていくのでした。しかし、なんで、人がいっぱいいるのに、私にいつも話しかけてくるんだぁ、(昔、湘南海岸で10人くらいの人に時間を聞かれた経験はありますけど…)もうプンプン状態でした。
2時間1.5ポンドなんで、意地でも2時間いてやろうと居座ってたのですが、空は明るいけど、夜8時近く、まわりを見渡すと、カップルはいちゃつきはじめるは、ホモもいちゃつきはじめるわで、だんだん居づらくなり、仕方なしに公園を離れました(笑)
この公園は、後で調べると、『公園の一角にあるセントジェームズ宮殿は、かつてエリザベス一世が小姓たちを呼び入れて、性交にふけった場所である』らしく、まぁ、そういうことなんでしょう(爆)
まぁ、どこも、みだらな国であります(笑)

2006年07月18日
China Townの山王飯店
旅というのは、逆流して書いていくのがやりやすくて、しばらく、逆流しながら書いていきやす(笑)ロンドンのチャイナタウンは、北京&広東料理のような表示が多く、どっちやねん(笑)というか、まぁチャイナタウンがあるだけでもいいんですが、ローマ字表記を見ると、どこか日本人を意識してるような感じがして、なんとなく納得いかないまま、店を選び、山王飯店という、ちょっと小綺麗な店に飛び込みました。

案の定、店のオーナーは私らが日本人であることを確かめ、紹興酒を頼むと、『JAPANESE STYLE』と言って、紹興酒をトックリに入れて、冷やして出してくれました(笑)なんかおかしいんですが、こちらも疲れ切っていたので、どうでもいいわと、トックリと御猪口で紹興酒を飲んでました。これって、海外でうどんを頼んで、豆腐が入ってるのと同じくらい違和感あるんですけど、確かに『JAPANESE STYLE』なんでしょう(爆)オーナーは日本語の練習をさせてくれと、いろいろ話しかけてきました。人の良さそうないいオーナーなんですけどね。味は本格中華とは呼べず、どの料理も同じような調味料で味付けした感じのシロモノでした。

チャイナタウンに入る時と出る時に、思ったのは、チャイナタウン周辺のパブやバーが異常に人が多く、この辺の酒場の雰囲気が、いちばんロンドンで活気のある風景なのかなぁとも思いやす。SOHOの辺りは、ポンビキや猥褻ショップも多く、私自身、『お前さん、SEXしたくないかい』新潮文庫欧米小説風の訳(笑)と声をかけられたりしました。もし、YESと言ったら、どこに連れて行かれて何をするのか興味深かったですけど、丁寧に断りました(笑)
んまぁ、ですけど、ロンドンのチャイナタウンのどこかに、美味しい店もあるんでしょうけど(笑)
2006年07月17日
SUSHI NOODLE BAR 『太郎』
ロンドンでの息抜きとなったのは、BREWER STREETのイカレタ兄ちゃんのやってたパブと、SUSHI NOODLE BAR『太郎』でした(笑)特にSUSHI NOODLE BAR『太郎』-61 BREWER STREET,LONDON W1-は、メニューも多く、そりゃ日本の味よりは落ちるけど、日本人のオーナーということもあって、味噌ラーメンと餃子はそこそこ美味しかったです。案の定、高いけどね(笑)しかし、『太郎』はメニューがかなり多い。うな重(8.8ポンド)まであり、SUSHIメニューは、握り各種(SUSHI A LA CARTE)、巻きずし各種(ROLLED SUSHI)、手巻き寿司各種(HAND-ROLLED SUSHI)、ラーメン、丼ものなどかなりたくさんメニューがあって、ちょっと、日本食に戻ってみたい時には、いいかもしれません(笑)ばかばかしく高いけど(笑)
それで、この『太郎』の向かえが『ありがとう』という日本食のミニスーパーで、日本で売ってるあらゆる食品が置いてありました。レジを打ってるのは日本からの留学生でした。それで、この辺の地理関係やら、お店を教えてもらったのですが、『ありがとう』を出て歩いていると韓国の女性二人が、この『ありがとう』という店がどこにあるか訊いてきました。なんかよくわからんけど、教えてあげましたけど(笑)
とにかく、私の場合、郷に入れば郷に従えきれず、必ず、後半、日本食を探してしまいます(笑)ロンドンにこういう店は、たくさんあるのでしょうけど、お客さんが白人が多く、店員は中国人ぽかって、なんか、よくわからんのですけど、『太郎』については、非常に助かった気分でいっぱいでした。もう好んでロンドンに行くことはないけど(爆)もし、ロンドンに行かざるをえなくなって、日本食が恋しくなったら、立ち寄ってみてください(笑)『太郎』2号店もオープンしたらしいです。
『太郎』の周辺は、日本人みたいなのがやはり闊歩していて、若い男女3人組が日本語で『お茶漬けも作るから、私の部屋にも来てくださいよ』と女の子が男の子にしゃべっていました。服装がロッカーみたいな感じだったので、なんか違和感があったのですけど、みんなこういうところに来ると、そういう心境になるのかなぁと…。
その言葉が異様に耳に残ってて、帰国後、鮭茶漬けと梅茶漬けを食べてしまった私でした(笑)
2006年07月16日
エロスの像を横切って
7/9〜7/12まで、仕事でロンドンにいました。飛行機は、ルフトハンザで、Lufthansa Radioの6chのClub Mixという番組があったので、まだ少し気がまぎれましたが、とにかく10時間以上のフライトは、もうしばらくご免という感じです。7/6〜7/8まで中国蘇州(湿度85%)と上海にいたので、それと比べると、気候的には気持ちよく、過ごしやすかったのですが、ロンドンというのは、UKクラブシーンもそうなんですが、なんか文化的には終わった感が強く、観光客にもなれず、エロスの像を横切って、バーガーキングの前を通り、SOHOの方の本当に成熟してタダレた街角に変に落ち着き、中途半端なチャイナタウンにため息をつき、ダラダラと人波に流されながら、やたら多いインド人に、フーッと再びため息をつき、自分にとってのイギリスって、どういう価値があったんだろうと歩きながら考えたりもしました。
自分にとってのイギリス。
一つは、XTCというグループ。ドラムの音を水平にへしゃげた初めてのバンドですが、彼らの歌のメッセージから、なんか凄くやるせない国なんだなぁというのが一つ。
二つめは、R.D.レインという精神病理学者。彼の場合は、理論だけでなく、患者と密着したカタチで、理由が明らかになるまで追跡解明していき、どちらかというと文才がかなりあったので、著作がすべて、なんか作品となっていて、かなりの愛着を持って学生時代読んでました。もう、その頃で、イギリスというか、ヨーロッパっていうのは家族関係が病んでいて、やはりツライ国なんだなぁという印象がありました。
三つ目は、やはり、レイブ発祥の国、というか、荒れに荒れたセカンド・サマー・オブ・ラブ。1988年頃に音楽的には沸点を向かえて、体制と大衝突しているんですね。今は、冷めた風呂の湯状態というのが、感じとしてはあたってるような気がします。
で、セカンド・サマー・オブ・ラブという大出来事が、日本だからたいしたことじゃなかったというよりも、これってある感性ラインの出来事ですから、ヨーロッパの人々にとっても、イギリスの人々にとっても全く関係なしというのが本当のところだと思います。そんなことがあった国だと意識して旅行しているヨーロッパ人は少ないだろうし、生活しているイギリス人も少ないと思います。
セカンド・サマー・オブ・ラブが残したものといえば、退廃的なテクノとドラッグの後遺症で、これを題材にした映画もいくつかありますが、特に面白くもなく陰鬱な気分だけが残る映画です。とにかく大暴動に近いレイブが吹き荒れても、伝統的なイギリスは、やはり伝統的な石づくりのまま壊れず、パッキンガム宮殿はあるし、やたら物価が高いままそこに存在する。なんかそんな意味もなさそうなエロスの像のところに座って、たむろしている人たちがたくさんいて、本当に意味もなくそこにいる(笑)
ただ実際ロンドンに行ってみて、わかったのは、セカンド・サマー・オブ・ラブに深いつながりのある、インドのゴアというか、インドというのは、イビザ島を経由しなくても、こんなにインド人があふれかえってるならば、全然不思議じゃないなぁと…(笑)。もちろんインド人とインド・ゴアで形成されたものとは別物ですけど、思った以上に、インド人が多く、アメリカのヒスパニックと同じく、イギリスはインド人に逆支配されているような(爆)勝手な印象を受けます(笑)
そういう意味では、新しいイギリスは始まっているのかもしれません(笑)。ロンドンにいるインド人は、レストランやショップで接した限り、かなり営業トークも商売も上手くフレンドリーで賢く、料理も旨く、フィッシュ&チップスを食べ、アル中の爺さんの多いイギリス人より、かなりウワテのような気がします(笑)
倒錯した性を黙認し、いまだよくわからん状態である王室。おみやげショップに並ぶダイアナ妃の顔写真の入った皿の数々、それは、中国のおみやげショップに並ぶ毛沢東のグッズよりも、見ててとても悲しいものでした。ダイアナ妃が逃げ出したかったのは、王室だけでなく、イギリスそのものから逃げ出したかったのか……EUといいつつ、ユーロ通貨ではなく、ポンド通貨を当たり前のように使うイギリス。やっぱ、日本と同じ、島国なんですね(笑)
郊外の家々には必ずといっていいほど煙突があるのに、法律で暖炉を使うことは禁止されているロンドン。この不合理さが、なんとなく、なんとなく、ロンドンなのかなぁと。
まぁ、短い間で感じたものですので、なんとも言えませんが、インターネット環境はすこぶる遅れている国でございました。
2006年07月03日
スポーツヌードルって?
最近は、じゃがいものペプチドもニュースになったりして……いろんなものからペプチドができるもんなんですねぇ。ところで、スーパーやコンビニにはなく、スポーツ用品店やスポーツクラブで販売を始めるのが、日清食品の「スポーツヌードル」。燃焼系と回復系の2商品があって、燃焼系スポーツヌードルには、L-カルニチン300mgが麺に練り込まれています。スープはチキンベースでコラーゲンのとろみとクエン酸の酸味を加えたそうな。具材は、チキン、かきたま、チンゲン菜、ねぎ、レッドベルで1食あたり259kcal。
一方、回復系スポーツヌードルの方には大豆ペプチドが4000mg、麺に練り込まれていて、こちらもチキンベースに野菜のうまみを加え、クリーミーでまろやかだそうな。具材はソーセージ、キャベツ、オニオン、レッドベル、インゲンで1食あたり269kcal。
このWebニュースを読んで、スポーツ店など覗いてみますが、コンビニでも売って欲しいなと強く思います。朝食に、回復系スポーツヌードル、良さそうな。たまに、朝食にカップ麺を食べますので(笑)こういうのあると、なんかいいもの食べてるような気がするんだけどな。後は味ですね。健康系のカップ麺って、いままでいろいろ食したけど、いまいち、2回目買う気がしないのでした。価格は1個200円くらいらしいです。
どなたか、先にスポーツヌードル、口にされたことがありましたら、味の評価のほど、カキコミお願いいたしやす。






























